なぜ挫折してしまうのか? 「自制心」を高めて成功に近づけるための実行プラン
今回は「自制心」について話したいと思います。
私生活や仕事において、長期的な目標を達成するために目前の短期的な誘惑を克己し、努力を重ねることはとても大切ですね。
健康的な生活を送るのであれば、適切な睡眠時間を確保したり、良質な栄養をとることが必要となりますが、そのためには無駄や夜更かしやジャンクフードは避けなければならないでしょう。
仕事で長期的なプロジェクトを成功させるのであれば、目前の辛い現実に向き合い、それを乗り越えることが必要となるでしょう。
このように、長期的な目標の達成には私たちの自制心が鍵となりますが、ときどき自制心が働かず思わぬミスをしてしまったり、ちょっとした誘惑に負けてしまって後悔してしまうことは誰でも経験はあるのではないでしょうか。
ところで、みなさんはマシュマロ・テストという心理学の実験をご存知でしょうか。
お菓子の名前をとっているので美味しそうなイメージをもたれる方もいらっしゃるかもしれませんね。
少し概要を説明すると、これは1960年代にスタンフォード大学のビング保育園で行われた実験で、未就学児に対して「今すぐマシュマロを1つもらうか、20分待ってマシュマロを2つもらうか」を試してもらうというものでした。
園児はすぐ目の前にマシュマロが1つ置いてある状態にさらされるため、すぐに食べてしまいたい誘惑にかられます。
マシュマロ・テストは数十年以上にわたる追跡調査が行われていて、20分我慢してマシュマロを2つ手に入れた園児と、すぐにマシュマロを1つ食べてしまった園児とで、その後の学業成績や対人関係が異なるといったデータが示され、米国内ではメディアに取り上げられるなど非常に話題になりました。
この一連の実験結果は、主に自制心の文脈で心理学や行動経済学の文献で数多く引用されるなど、他の研究にも大きな影響を与えています。
今回は、マシュマロの誘惑を自制心をもって克己する脳のメカニズムについて解説しつつ、どのようにして自制心を育み仕事において成功をつかむことができるかについて考察したいと思います。
参考文献は『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』です。
脳のホットシステム/クールシステム
マシュマロ・テストにおいて、子どもたちは20分待てたか否かに関わらず、全員「マシュマロを食べるか食べないか」の葛藤に苦しみます。
このとき、園児の脳のなかでは2つのシステムがせめぎあいます。
1つが、大脳辺縁系によって支配され情動を司るホットシステム、
もう1つが、前頭前皮質を中心に自制を司るクールシステムです。
まず、ホットシステムについて著書の説明を参照します。
私たちの大脳辺縁系は依然として、進化上の祖先とほとんど同じように機能する。今でも情動的にホットな「ゴー!」システムのままで、快感や苦痛、恐れといった情動を自動的に引き起こす強力な刺激に対する、素早い反応を専門としている。
つまり、マシュマロを食べたいという情動はこのホットシステムによって本能的に引き起こされているといえます。
次に、クールシステムについて見ていきましょう。
脳のホットシステムと密接に相互接続しているのがクールシステムで、それは認知的で、複雑で、思慮深く、ゆっくり活性化する。おもに前頭前皮質に座を占める。クールで、よく制御されたこのシステムは、マシュマロ・テストで突き止められたたぐいの、未来志向の意思決定と自制の努力に欠かせない。
(中略)
前頭前皮質は、脳の中でもいちばん進化した領域だ。私たちをはっきりと人間たらしめている、最も高次の認知的働きを可能にし、維持している。前頭前皮質は、思考や行動、情動を調整する。また、創造性と想像力の源であり、目的の追求に差し支える不適切な行動を抑制するのに欠かせない。私たちは前頭前皮質のおかげで、状況の変化に伴って必要となれるものが刻々と変わるなかで、注意の方向を転換し、柔軟に戦略を変更できる。自制の能力は、前頭前皮質に根差している。
マシュマロ・テストにおいて、マシュマロを2つ手に入れた園児は、上記のクールシステムを意識的に機能させることで、ホットシステムを抑え込むことに成功しました。彼らの行動には次のような共通項があったとされています。
- 自分が選んだ目的とそれに随伴する条件(「もし今1つ食べたら、あとで2つもらえない」)を記憶し、たえず頭に思い浮かべておくこと
- 目的に向かってどれだけ進んでいるかを確認すること
- 目的を達するのを妨げるような、衝動的な反応(誘惑のもとがどれほど魅力的かを考える、手を伸ばしてそれに触れようとする)を抑え込むこと
3つ目の行動の具体例としては、マシュマロを視界から入らないように意図的に目を閉じたり、別のことを考えて気をそらすような行動をイメージいただくとわかりやすいのではないかと思います。
実生活に応用する
これまで、子どもたちがマシュマロを我慢する実験を見てきましたが、私たちの実生活に視点を移してみると、身の回りにある誘惑はマシュマロとは比較にならないほど複雑で、無意識のうちにホットシステムが作動し翻弄されてしまうことが多くあります。
代表的な例ですと、ダイエットや禁煙のような、継続するのが難しいために多くの人が挫折してしまう事例は枚挙に暇がありません。
前回、個性学の話でコンテクストのお話をさせていただきましたが、実は自制心の文脈においても、人によって自制心が発揮できる状況が異なることが示されています。
トップアスリートや政治家といった方々は、その道にかけては極めて強力な自制心を発揮して成功をおさめますが、その一方で、不倫による破局や、金銭がらみのスキャンダルといったニュースを目にする機会がしばしばあるのではないでしょうか。
これは、その人自身に自制心が備わっていなかったからのではなく、コンテクストによって自制心が発揮できる場合とできない場合が存在するためです。
固定した「イフ・ゼン」のパターンを見つける
著書においては、上記のコンテクストを「イフ・ゼン」のパターンと表現しています。
人の行動を綿密に調査すれば、ほとんどの人には、その人ならではの固定した「イフ・ゼン」のパターンが見つかる。もし状況に付随する特定の誘因が生じたら、行動における人格の表出パターンによって、その人が何をするかが予想どおりのかたちで決まる。
また、この「イフ・ゼン」のパターンを見つけるための方法として、日記などによる自己観察が有効であると述べます。
日記や追跡記録装置を使っての同じような自己観察は、何であれ、気になっている感情あるいは行動として生じる過剰な反応のきっかけをマッピングするのに役立てることができる。自分が修正したいと思う行動を引き起こす「イフ」の条件を知ってしまえば、それらをどう評価し、どう反応するかを変える位置に身を置ける。
例えば、禁煙している人がタバコを吸いたくなる情動に駆られるのであれば、その情動がいつ、どんなときに起こったのかを記録することで、条件(イフ)を特定することができるようになります。
「イフ・ゼン」のパターンを書き換える
情動を引き起こすイフを特定したあとは、その「イフ・ゼン」のパターンを望ましいものに書き換えます。ホットシステムは「今」の報酬に強く反応するため、時間の視点を「今」から「のち」にずらすのです。
つまり、タバコを吸いたくなるような状況に置かれた場合(イフ)は、未来において肺がんなどの深刻な病気になる場面を強くイメージする(ゼン)のです。
けっきょく、時間の視点を「今」から「のち」へと移すことで渇望を抑える、単純な認知的戦略が使えることがわかった。(中略)「イフ・ゼン」実行プランに仕立てることで、タバコを吸いたいという誘惑が、先延ばしにされたネガティブな結果への集中を自動的に引き起こすようにすることもできる。そのネガティブな結果を、とてもホットで生々しいものにし、渇望を抑え込めるようにするのだ。
このメソッドは、禁煙以外にも仕事のさまざまなシーンにおいても応用できます。
もし、長期的なプロジェクトを成功させたいのであれば、未来においてプロジェクトを成功させた自分の姿を強くイメージすることで、目前の辛い状況から逃れたいという情動を抑えることが可能になるかもしれません。
もちろん、客観的にみて明らかに業務負荷が大きいなどの場合は、プロジェクトを中止にするなどのバランス感覚は必要かと思いますが、全般的に自制心を高めることによるメリットは非常に大きいと思います。
よろしければ、是非この「イフ・ゼン」のプランニングを試してみてはいかがでしょうか。
[参考文献]
ウォルター・ミシェル 著,柴田裕之 訳『マシュマロ・テスト 成功する子・しない子』